自然資本を測る
第2回『サプライチェーンリスクを管理する方法』
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第2回 2013年7月8日
『サプライチェーンリスクを管理する方法』
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前回は、サプライチェーン上に大きな環境リスクが潜んでいることを紹介しました。今回は、このリスクに対してどのように対処すれば良いかについて考えてみたいと思います。
サプライチェーン上のリスク管理と言われてすぐに思いつくのは、トレーサビリティを確保することだと思います。もちろん、トレーサビリティの確保はとても重要なことで、できているに越したことはありません。しかし、グローバル化が進んだ現在、多くの企業でサプライチェーンは非常に複雑に入り組んでおり、二次サプライヤーですら、どのような企業なのかまったくわからない場合の方が多いのではないでしょうか。したがって、サプライチェーン全体でトレーサビリティを確保するのはかなり大変な作業になり、時間もかかることでしょう。
サプライチェーン上のリスク管理のためにこのようなトレーサビリティの確保は本当に必要でしょうか? そもそも、サプライチェーン全体の中で、どこにリスクが潜んでいるかを見つけることが、一番重要なことのはずです。大きなリスクに優先的に対処することがリスクマネジメントの定石だからです。
つまり、サプライチェーン全体を見渡して、どこで環境に大きな負荷をかけているのか、どこに大きな環境リスクが潜んでいるのかの目星をつける。その上で、そのリスクを回避、軽減することに集中的に取組む。このようにして初めて、効果的にサプライチェーン上のリスクを管理することができるのです。そして、そのためには必ずしもトレーサビリティを完全に確保し、すべてのサプライヤーの状況を調べる必要はありません。なぜなら、すべてのサプライヤーを実際に調べなくても、概要だけであればもっと簡単に算出し、もっとも負荷やリスクが大きいところを見つける手法があるからです。
前回ご紹介した、”Natural Capital at Risk: the Top 100 Externalities of Business”では、実際にサプライチェーン上の自然資本コストが算出されています。この分析を担った英国のTrucostは、このような分析を企業単位で行うこともできます。というより正確に言えば、Trucostはむしろそうした個々の企業のサプライチェーン上の環境負荷を算出することを得意にしており、そこから全体像を集計したものが先のレポートなのです。
もっとも有名な例として、TrucostはPumaの事業全体の自然資本コストを算出しています。この結果は世界初の環境損益計算書として、Pumaから2011年5月に公開されています。
詳細はPumaのプレスリリースをご参照下さい。
この環境損益計算書を作成するために、Pumaは全ての原材料のトレーサビリティを確保したわけではありません。綿や牛皮といった重要なものについては原産地にまで遡っていますが、全ての原材料でそうしたわけではありません。また、綿などについても、すべての農場を現地調査したわけではありません。
この環境損益計算書が世界を驚かせたのは、サプライチェーンを含めた事業全体の環境負荷を測定したことにあります。しかも、温室効果ガスの排出だけではなく、土地利用、水利用、廃棄物、大気汚染物質の排出といった幅広い環境負荷について定量的に評価しているのです。
そして、経営に役立てるという面から考えると、これらの5つのバラバラの環境負荷を金銭という単一の単位(ここではユーロ)で表現していることが重要です。すべてを経済的価値に換算して評価することで、複数の環境負荷の大きさを比べることはもちろん、こうした環境負荷(コスト)が売上や利益にどのくらいのインパクトを与えうるのかを評価することができるからです。
この環境損益計算書からは、例えば次のようなことがわかります。
Puma自身による環境負荷は全体のごく僅か(6%程度)であり、サプライチェーンの最上流が環境に対して圧倒的に大きな負荷(57%)を与えていること
このことから、自社の環境負荷の低減だけを努めても、環境リスクの管理としては不十分であるといえます。
水資源の利用による環境コストが、温室効果ガスと並んで比較的大きいこと
水不足の問題は国際的に大きなリスクとして認識されていますが、Pumaの場合、サプライチェーンの最上流に最も大きな水リスクが潜んでおり、ここでの水管理を行わなければ事業全体が大きなリスクにさらされているといえます。
この他にも様々な示唆が得られますが、いずれにしてもPumaはこの環境損益計算書によって、これまでには見えていなかった環境リスクを定量的に理解することができたのです。そして、ここで明らかになった環境リスクを低減するために、Pumaは既に具体的に動き始めています。そのことについては、また次回ご紹介したいと思います。
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第1回『サプライチェーンに潜む莫大な環境リスク』
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第1回 2013年6月24日
『サプライチェーンに潜む莫大な環境リスク』
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これから数回にわたり、「自然資本をはかる ~サプライチェーン・リスクの見える化~」というタイトルで、自然資本の定量化とそれがサプライチェーン・リスクの管理にどのように役立つのかを考えていきたいと思います。
初回は、世界の自然資本コストを分析した最新の報告書をご紹介します。
2013年4月にTrucostとTEEB for Business Coalitionが世界の自然資本コストを分析した結果をまとめた報告書を発表しました。
(↓ダウンロードはココから)
“Natural Capital at Risk: the Top 100 Ecternalities of Business”
この報告書によると、2009年の経済活動が必要とした、もしくは開発や汚染によって損ねた自然資本の経済的価値(自然資本コスト)は世界全体で7.3兆ドル(約730兆円)にもなると試算されています。この7.3兆ドルは、石油、鉱物などの資源採掘や農業といった一次産業、一次加工業による環境への影響(土地利用、水利用、温室効果ガス排出、大気汚染、土壌・水汚染、廃棄物)を経済価値に換算したものです。
それにしても、同年の世界のGDPは約58兆ドルですので、私たちは非常に大きな負荷を環境に与えながら、つまり自然資本を削りながら経済活動をしていることがわかります。
ここで皆さんに考えていただきたいことがあります。
今回試算された自然資本コストは、今は私たちは支払っていません。しかし、このコストが内部化されたらどうでしょうか? 私たちは原材料を今と同じように調達し、製品を作り続けることができるでしょうか?
自然資本コストの支払いの例としては排出した温室効果ガスに対して支払う炭素税などが挙げられます。その他にも、汚染物質の排出や水の使用などの環境に関する規制の強化も進んでいます。このような規制が国際的に強まれば、排出に伴うコストも増加するでしょう。
また、水不足による穀物価格の上昇も1つの例として挙げられます。
このことを説明するために、一旦、話を報告書に戻します。
報告書では自然資本コストが高い産業セクター(地域別)をランキングしています。それによると上位20位は以下の通りです。
1. 石炭発電(東アジア)
2. 牛の放牧(南アメリカ)★
3. 石炭発電(北アメリカ)
4. 小麦栽培(南アジア)★
5. 稲作(南アジア)★
6. 製鉄・製鋼(東アジア)
7. 牛の放牧(南アジア)★
8. セメント製造(東アジア)
9. 上水(南アジア)
10. 小麦栽培(北アフリカ)★
11. 稲作(東アジア)★
12. 上水(西アジア)
13. 漁業(グローバル)
14. 稲作(北アフリカ)★
15. トウモロコシ栽培(北アフリカ)★
16. 稲作(東南アジア)★
17. 上水(北アフリカ)
18. サトウキビ栽培(南アジア)★
19. 石油・天然ガス採掘(東ヨーロッパ)
20. 天然ガス発電(北アメリカ)
★のマークは農業を示しています。この分析結果から、製鉄や発電だけではなく、農業も自然資本に大きな影響を与え、そして同時に大きく依存していることがわかります。
農業の場合、農地の開発や水の使用よる自然資本コストが大きな割合を占めていますが、水の使用による自然資本コストが高い農作物は、それだけ水不足による影響を受けやすく、干ばつによる収穫量の不足やそれに伴う価格の上昇などのリスクが高いといえます。
もちろん、全ての農場でこのようなリスクがあるわけではありませんが、穀物の種類や生産場所によっては非常に大きなリスクをかかえていることがわかります。
以上のように、サプライチェーンには今はまだ無視できても将来的には無視できなくなるリスクが潜んでいるのです。
それでは、リスクを回避するためにはどうすればいいでしょうか?
トレーサビリティを確保し、原材料の生産地を慎重に選択することが重要でしょう。また、サプライヤーと協働して、環境負荷がより少ないやり方で原材料を生産する方法を考える必要もあるかもしれません。
とはいえ、こんな大変なことをどこから始めたらいいかわからないと感じる方も多いのではないでしょうか? でも大丈夫です。厳密にトレーサビリティを確保しなくてもサプライチェーン上の環境コストを可視化する方法があります。次回以降ではその方法についてご紹介します。
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