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自然資本を測る 〜サプライチェーン・リスクの見える化〜

いま企業はなぜ「自然資本」を測る必要があるのか。その意味と方法、そしてそれを経営にいかしている先進企業の事例をシリーズでお届けします。レスポンスアビリティはこの分野で世界の実務をリードする英国のTrucostと連携しており、事業とかかわりのある自然資本の測定やそれを経営にいかすためのお手伝いをしています。
この強みを活かし、日本ではここでしか得られない情報や最新の知見を提供いたします。どうぞご期待ください。

第10回『企業に求められる情報開示の在り方』

自然資本「超」入門

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第10回 2013年11月18日
『企業に求められる情報開示の在り方』
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前回は、金融機関が投融資先の企業とそのサプライチェーンの環境リスクに関心を高めていることを、金融機関による「自然資本宣言」を例に紹介しました。これまで、環境リスクが経営に与える影響は、ごく一部の金融機関でしか評価されていませんでした。したがって、多くの金融機関が企業の環境リスクを評価するようになるためには、これまでとは違ったかたちでの情報開示が必要になります。

それでは、企業はこれからどのような情報開示を求められるようになるのでしょうか? 今回はその答えを考えるために、情報開示の新しい動きとして注目されている、カーボン・ディスクロージャー・プロジェクト(CDP)と、国際統合報告評議会(IIRC:International Integrated Reporting Council)が、どのようなことを求めているかを見てみましょう。

まず、CDPですが、気候変動(温室効果ガスの排出)に関する質問書(2013年)には、当然ながら温室効果ガスの排出量やその変化量に関する質問が並んでいます。しかし、それ以外にも、気候変動によって事業が受ける影響の大きさや、気候変動によるリスクやチャンスが現実化する可能性、リスクやチャンスを管理するために必要な費用、リスクやチャンスの適切な管理を行わなかった場合の財務的影響など、広範な質問が含まれているのです。
つまり、いま環境報告書で開示されているような温室効果ガスの排出量や削減量だけではなく、気候変動に対する取組みが経営上どのような意味を持つかを示すことが求められているのです。

IIRCの場合はどうでしょうか。IIRCは2013年末にフレームワークの公開を目指し、今年の4月にその草案を公開しました。草案では、統合報告書の基本原則の1つとして、企業が経済、社会、そして環境に関連して、どのような価値を生み出そうとしているのか、その戦略と取組みを報告する必要があるとしています。またそのために、金融資本だけではなく、人的資本や社会的資本、そして、これらの基盤となる自然資本まで、多くの資本を対象に、企業がこれらの資本をどれだけ使用し、どれだけの新しい資本を生み出したのか(もしくは生み出そうとしているのか)の説明を求めているのです。

「統合報告フレームワーク」は、その名のとおり、統合報告作成のための枠組みを示した文書で、記載内容について具体的な基準を示しているわけではありません。ですから、どのような情報をどのように報告するかは一律には言えません。しかし、環境に関して言えば、環境に関する取組みを企業の中・長期的な事業戦略と関連づけて報告することが必要になるのは明らかです。今までのように、CO2の排出量や、水や原材料の使用量をどれだけ削減したかを報告するだけでは不十分なのです。

つまり、CDPの質問書や、IIRCの統合報告フレームワークが求めているのは、これまでの環境報告書にあった、CO2の排出量の削減状況や、植林活動などのような地域環境への貢献についてのレポートではないのです。もちろん、これらの取組み自体は重要なのですが、いまもっとも開示が必要なのは、環境についての取組みがどれだけ経営に生かされているのか、言い換えれば、取組みを通してその企業がどれだけ環境リスクを管理し、ビジネスチャンスを創出できているかを評価できる情報なのです。

このような情報開示を、今すぐに行うことは難しいかもしれません。しかし、CDPとIIRCは覚書を結んで、環境情報の開示に関するガイドラインや基準の開発を、共同で着々と進めています。このような動きが進むにつれて、企業は、ますます上記のような観点で報告書を作成せざるを得なくなるでしょう。

環境に関する取組みを経営に結びつけるためには、また説明をするためには、環境と経営とで共通の言語を用いるのが最も理にかなったやり方ですが、そのための1つの有力な方法として、事業による環境への影響を経済的価値で評価することがあります。IIRCの「統合報告フレームワーク」の中で「資本」という言葉が使われているのもそのためですし、前回の連載で紹介した、金融機関による「自然資本宣言」は、このことを実現させるための仕組みの構築を目指しているのだと言っていいでしょう。

このように、自然資本の価値を国家勘定に組み込もうとする国際的な動向(第8回参照)と平行して、企業会計に自然資本の価値を組み込もうとする動きも進んでいます。この新しい流れをリードする存在になるのか、それとも様子を見ながら取り組みを進めるのか、それはそれぞれの企業の判断と戦略によるでしょう。

しかし、少なくともこの流れに取り残されることはあってはなりません。そのために、まずは具体的にどのような取組みが求められているのかを確認してみることをお勧めいたします。CDPの質問書は、CDPのウェブサイトからダウンロードすることが出来ます(※)。日本語に訳されていますし、ページ数も20ページにも満たないので、気軽に読んでみるといいでしょう。

自然資本コストの定量化は、まだ一部の先進的な企業でしか行われていません。しかし、国際機関や各国政府が自然資本を評価するための準備を進め、投資家が情報開示を求めている以上、取り組む企業は今後ますます増えるでしょう。

大切なことは、報告しなければいけない情報が増えてしまう、大変だ、と消極的になるのではなく、「自然資本を測る」という新しいリスク管理の方法を使いこなして、これまで管理できなかったサプライチェーン上のリスクにもしっかり対応し、事業をより持続可能なものにしようと、ポジティブに捉えることです。この連載が、読者の皆さんのポジティブな考え方に役立つことを願っています。

※:CDPの質問書はこちらからダウンロードできます。

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第9回『金融機関も注目する自然資本』

自然資本「超」入門

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第9回 2013年10月21日
『金融機関も注目する自然資本』
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投資家が高い短期的リターンを期待するので、企業は中長期的な戦略よりも短期的に利益を生み出すことを優先せざるをえず、企業の長期的な発展が阻害されているのではないか、そのように金融の在り方が批判されることがあります。その一方で、金融界が企業の長期的な持続可能性をサポートする取組みも進んでいます。今回は、その動きをご紹介します。

2012年6月、ブラジルで開催されたリオ+20の会場で「自然資本宣言(NCD:Natural Capital Declaration)」が正式に発表されました。これは、以下の4項目を推進することを目標とした、世界の金融機関によるイニシアティブです。現在、44の金融機関が署名しています。

 

「自然資本宣言」の4つの目標
1. 金融機関の事業が、自然資本にどのように依存し、どのような影響を与えているか、
  そしてそのことによってどのようなリスクとチャンスがあるのかを把握する
2. 自然資本の評価を金融商品やサービスに組み込む
3. 企業の会計や意思決定に自然資本を組み込むことに関する、国際的な合意を形成する
4. 自然資本を統合した情報公開に関する、国際的な合意を形成する

(仮訳:レスポンスアビリティ)

1項目めは、金融機関についてのことですが、2〜4項目めは、一般の企業にとっても無視できない内容です。この取組みが進めば、当然、金融機関以外の企業も、自然資本コスト(※1)の定量化を要求されることになります。

金融機関がこのNCDを発足させた背景には、企業のパフォーマンスに影響を与えるほどに環境リスクが顕在化してきているとの認識があります。NCDの取組みを説明した資料(※2)では、水不足による原材料の綿花の不作と価格上昇が世界的なアパレルメーカーのH&Mの経営に影響を与える可能性があることや、気候変動によってユニリーバーの事業が受ける影響が年間で265万ドルにもなると試算されていることなどが紹介されています。水不足や水質の悪化、生物多様性の破壊と生態系の悪化などの環境問題が明らかに企業の業績に悪影響を与え、それが、債券や株式市場、保険、融資に対する重要なリスクであると認識されはじめているのです。

金融機関が環境リスクに大きな関心を持っていることは、カーボン・ディスクロージャー・プロジェクト(CDP)が多くの投資家から注目を集めていることからもわかります。CDPは、気候変動(温室効果ガスの排出)、水利用、森林との関わりに関する質問書を、それぞれ2002年、2010年、2013年から企業に送付し、情報の開示を求めており、これは多くの機関投資家によって支持されています。気候変動に関するアンケートに賛同する機関投資家は722機関、その投資金額は87兆ドルにものぼり、これは世界の投資資金のおおよそ1/3に相当します。これだけ多くの投資家が、企業の環境リスクに注目し、CDPが集める企業の環境データを見ているのです。

「環境パフォーマンスであれば、企業は環境報告書やCSRレポート、サステナビリティレポートなどで報告しているじゃないか」とお考えの方もいらっしゃるでしょう。しかし、これらの報告書による情報開示のやり方で、投融資に関する環境リスクを低減させたいという金融機関や投資家の要求を満たせるでしょうか? 答えは残念ながらNOです。それは、開示されている情報と経営との関係性や、経営上の重要性が不明確だからです。また、環境負荷の評価範囲が自社の操業に限られていることがほとんどで、サプライチェーン全体をカバーしきれていないからです。

それでは、どのようなデータを開示すれば、それぞれの企業の環境についての本当の実力やリスクを知ることができるのでしょうか? その答えは、次回にご説明します。

※1:自然資本コスト:経済活動が必要とした、もしくは開発や汚染によって損ねた自然資本の経済的価値のこと
※2:“The NCD Road Map” Natural Capital Declaration (2013)

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第8回『国家勘定への自然資本の組込み』

自然資本「超」入門

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第8回 2013年10月7日
『国家勘定への自然資本の組込み』
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世界では、毎年1,300万ヘクタールの森林が消失していると言われています。これはおおよそ日本の国土の1/3、森林面積の1/2にあたります。毎年これだけ広大な森林が失われ続けているのです。

森林は様々な生態系サービス(自然のめぐみ)を私たちに提供しており、林野庁も日本の森林が持つ価値を試算しています。そのうちの比較的経済的価値に換算しやすい二酸化炭素の吸収、土壌の表面浸食防止、土石流等の表層崩壊防止、洪水緩和、水資源貯留、水質浄化、保健・レクリエーションなどのサービスだけでも、年間約70兆円の価値があると評価されています(※1)。日本の森林の価値を世界の森林に当てはめるのは少々乱暴ですが、もし、世界で失われる森林と日本の森林が同じ価値を持っていると仮定すると、世界では毎年、森林破壊だけで少なくとも35兆円の価値が失われていることになります。もちろん、評価に含まれていない森林の価値を加えると、金額はさらに大きくなるでしょう。

正確な金額はともかく、森林破壊によって、私たちは知らず知らずのうちに、毎年莫大な損失を出し続けているのは明らかです。そしてなかなかこれを止めることが出来ずにいます。しかし、もし森林の価値が経済的価値として表現され、会計簿に計上されるようになったとしたらどうでしょうか? このような損失は、決して放置されることはないのではないでしょう。

とはいえ、自然の価値が会計に組み込まれるなんてことはそうそうありえないと思われる方も多いかもしれません。ところが、この数年の間に、自然の価値を経済的価値で評価する、別の言葉に言い換えれば、自然資本を定量的に測る試みが世界で盛んになってきています。

この動きに大きく貢献したのが、2009年〜2010年にかけて発表されたTEEB(The Economics of Ecosystems and Biodiversity:生態系および生物多様性の経済学)の研究成果でしょう。TEEBの報告書では、生態系サービスを経済的価値で評価した研究成果が取りまとめられるとともに、生物多様性や生態系の保全が社会や企業活動の持続可能性のために必要であり、またそうすることが得策であることが示されました。

TEEBの総合報告書が発表されたのは、10回目の生物多様性条約締約国会議、いわゆるCOP10の会場でした。COP10が2010年の秋に名古屋で行われたことは、皆さんも記憶されていることと思います。そして、このCOP10で、生物多様性の保全に関する2020年までの目標である「愛知目標」が採択されましたが、この目標の中で、国家勘定の中に生物多様性の価値(つまり自然資本)を組み込むことが掲げられています。

 

【愛知目標2】
「遅くとも2020年までに、生物多様性の価値が、国と地方の開発・貧困 解消のための戦略及び計画プロセスに統合され、適切な場合には国家勘定、また報告制度に組み込まれている。」(環境省仮訳)

 

COP10では、この目標に呼応するように、世界銀行によるプロジェクト「WAVES(Wealth Accounting and the Valuation of Ecosystem Services)」が開始されました。このプロジェクトでは、コスタリカ、コロンビア、フィリピン、ボツワナ、マダガスカルの5ヶ国で、実際に自然資本の価値を国家勘定に組込むための体制整備が進められています。また、この5ヶ国以外にも、イギリス、オーストラリア、カナダ、オランダ、グルジア、ドイツ、ノルウェーなどでも、自然資本を経済的価値で評価する取組みが進められています。中でも、特に取組みが進んでいるのがイギリスです。イギリス政府は2010年に国内の自然資本を算出し、報告書としてまとめました。さらには、2020年までに自然資本を国家勘定に組み込むことを宣言しています。

自然資本の会計への組込みは、この他にも多くの国や企業によって支持されています。2012年6月にブラジルで開催されたリオ+20では、世界銀行が呼びかけた「50:50イニシアティブ」において、自然資本を会計に組み入れることに賛同しこれを推進することを表明する「自然資本会計宣言(Communiqué on Natural Capital Accounting)」に、68の国と90の企業が署名しました。世界銀行は、他の国連機関とともに、このような国や企業の意志をスムーズに実行に移せるように、自然資本の価値を国家勘定に組み込むための方法論やツールの開発を進めています。

各国が自国の自然資本を経済的価値に換算し、それを自分たちの富として国家勘定に計上するようになると、企業活動は大きな影響を受けることになります。自然資本を利用したり損ねたりすれば、それへの対価を求められることになるかもしれません。つまり、今までただ同然で利用してきた生態系サービス(自然のめぐみ)に対する費用の支払いや、環境破壊など自然資本の価値を損なうような活動に対する費用の負担を、今以上に求められるようになることが考えられます。

このような社会では、今までのやり方でビジネスを継続させるのは非常に困難です。企業活動はあまりにも大きな負荷を環境に与えているからです。Trucostの試算では、世界の一次産業と一部の加工業による自然資本コストは1年間で約730兆円にもなります(※2)。これだけのコストを企業が負担するのは不可能でしょう。したがって、企業は、事業による環境負荷を低減し、このコストを真剣に削減しなければならなくなるでしょう。逆に、コストを削減できた企業は、他の競合に対して大きなアドバンテージを得ることになるでしょう。

愛知ターゲットの目標年である2020年に向けて、これから自然資本を国家勘定に計上するための様々な社会的制度の整備が進められるでしょう。2020年まであと7年です。あなたの会社はこのような社会への対応の準備を始めているでしょうか?

さて、今回ご紹介した自然資本の経済的価値評価の動向は、カーボン・ディスクロージャー・プロジェクト(CDP)や、今年の5月に新しい基準を公開したGRI、そして、今年末にその作成のためのフレームワークが発表される予定の統合報告書といった、企業の非財務情報の公開を押し進める流れと密接な関係があります。このことについては、次回の連載で詳しく述べたいと思います。

※1:林野庁の試算は森林の持つ機能の一部に限られています。
  木材や食料の生産、生物多様性の保全などといった機能は評価されていません。
※2:出典
“Natural Capital at Risk: the Top 100 Ecternalities of Business” TEEB for Business Coalition (2013)

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第7回『水の真のコスト』

自然資本「超」入門

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第7回 2013年9月20日
『水の真のコスト』
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皆さんの会社では、水の問題にどのように取り組まれているでしょうか? 今夏は水不足が心配される地域もありましたが、基本的に日本には水は豊富にあるという認識があるようで、企業の方に訊いても、水問題に対して強い危機感を持って取り組んでいる企業はそれ程多くないようです。水不足の問題は、国外を見れば深刻な場所もあることは漠然とわかっていても、それを自社の問題として最重要課題と位置づけるには至っていないということでしょう。

しかし、国際的にはそうではありません。例えば、世界経済フォーラムの報告書(※1)では、世界の経営者が懸念するリスクのうち、水不足はそれが起きた時にビジネスに大きな影響を与えるリスクの4番目に、そして将来起こりうる可能性が高いリスクの2番目に挙げられています。水不足は、ビジネスにとって最も重要な問題の1つとして認識されているのです。世界の経営者が水不足に対してそこまで強い懸念を持っていることは、2030年には世界全体での水の需要量が供給量を4割上回るといった研究結果(※2)や、2025年には水不足によって深刻な影響を受ける人が18億人になるといった報告(※3)を考えればもっともです。

近い将来、必要な水を確保することは、事業の持続可能性にとって非常に大きな課題になるのです。しかも、事業を継続するためには、自社だけではなくサプライチェーン全体で水を確保する必要があります。なぜなら、本連載の第2回で紹介したPumaの例のように、水の使用量が多いプロセスが自社内にあるとは限らず、むしろサプライチェーンの上流にあることが少なくないからです。サプライチェーンのどこかで水不足のために操業が中断されたり、製造コストが跳ね上がったりすれば、これまでのように製品を製造することはできなくなってしまいます。

このように考えると、サプライチェーンが世界中に延びた現在、日本企業も、水不足の問題と無関係とは言えません。むしろ、サプライチェーン上の水不足の問題を認識していない分、リスクは大きいのかもしれません。

それでは、このようなリスクに企業はどのように対処していけば良いでしょうか? その1つの方法が、サプライチェーン上の自然資本コスト(※4)を測ることです。このことにより、そもそも事業にとって水リスクが存在するのか、存在するとすればサプライチェーンのどこに、どの程度のリスクが潜んでいるかを知ることができます。リスクが明らかになれば、そのリスクに対して適切に行動を起こすことも可能です。

私たちは今、水を安価に大量に使用しています。水道料金としていくらかの費用がかかっても、とても払えない高価なものではありません。しかし、これは「水の真の価値」が反映されたものではないのです。

水はすべての生きものにとってなくてはならないものであり、私たちが毎日生活する上で頼っている自然のめぐみ(生態系サービス)を背後から支えています。「水の真の価値」には、こうした水の自然資本としての価値を含める必要があります。また、水の価値は本来、水が希少な地域では高く、水が豊富な地域では低くなるはずです。このようなことを計算に入れた「水の真の価値」を用いて「水の真のコスト」を算出することで、水リスクを定量的に表すことが可能です。つまり、水が比較的希少で、「水の真の価値」が高い場所で水を大量に使用することは、たとえ今はその場所で水を安価で使えていたとしても、「水の真のコスト」(=水の真の価値 × 水の使用量)は高い=水リスクが高い、ということになります。

このような考え方を利用すれば、様々な観点から水リスクを分析することができます。例えば、図1は、ある施設の建設プロジェクトの2つの計画案の正味現在価値を比較したものです。プロジェクトBでは、設備投資にかかる費用はプロジェクトAよりも安価ですが、将来的にかかる水の真のコストが大きいため、その分を差し引いた正味現在価値はプロジェクトAの方が大きくなることがわかります。つまり、建設時に節水設備を充実させる等の設備投資をすることによって削減できる将来的なコスト(=水リスク)を、経済的価値で評価することができるのです。このようなデータを利用することで、将来的な水リスクも考慮に入れて意思決定を行うことができるようになります。
 
 
(下図をクリックすると図が拡大されます)
Trucost_computer
図1:水の真のコストの活用例:プロジェクトの正味現在価値の比較
 
 
また、図2はいくつかの日用品製造業の水の真のコストを測定したものですが、その結果から、食料品製造業では水の真のコストが売上を超えてしまうことがわかります。つまり、今は収支に組み込まれていないコストがもし内部化された場合、収入よりも支出の方が多くなってしまうということです。この図からは食料品製造業はかなり大きな水リスクにさらされていることがわかります。また、食料品製造業ほどは大きくはありませんが、洗剤や化粧品産業も大きな水リスクをかかえていることがわかります。この図からはさらに、これらの水リスクがどのような産業に起因するのかがわかります。例えば「その他の食料品」であれば、穀物や油料種子栽培による水リスクが大きいことがわかります。
 
 
(下図をクリックすると図が拡大されます)
Trucost_computer
図2:日用品製造の水リスク
 
 
これらの例の他にも、農作物の生産地や鉱物の採掘地などで、原材料生産地の水リスクやサプライヤーの工場の水リスクを分析することも可能です。最近、様々な形で水の真のコストを測る企業が増えています。サプライチェーン全体で水リスクを把握し管理することが事業を継続するために必須だと先進的な企業は考えているのです。

さて、これまでの連載で、Trucostによる自然資本コストの測定例を紹介しながら、自然資本コストを測ることによってどのようなことがわかるのか、またそれが企業にとってどのように役に立つのかをお伝えしてきました。自然資本コストを測ることが、企業の持続可能性にとって重要であることが具体的におわかりいただけたのではないかと思います。

自然資本を測る(もしくは、自然の価値を測る)試みは、世界銀行やUNEPなどの国際機関や先進的な国や企業によっても進められています。次回の連載からは、自然資本の測定に関して、国際的にどのような動きがあるのかをご紹介していきますので、ご期待下さい。

 
(※1)World Economic Forum “Global Risks 2013” (2013)
(※2)McKinsey “The business opportunity in water conservation”,
    in McKinsey Quarterly (Dec. 2009)
(※3)FAO “Coping with water scarcity: challenge of the twenty first century” (2007)
(※4)自然資本コスト:経済活動が必要とした、もしくは開発や汚染によって損ねた自然資本の
    経済的価値のこと
(※5)図1、2はいずれもTrucostの記事が出典です。元記事はこちらからご覧になれます。
   “The Trucost of Water”
 
 

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第6回『パソコンの真のコスト』

自然資本「超」入門

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第6回 2013年9月5日
『パソコンの真のコスト』
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前回は食料品の「真のコスト」について話をしましたので、今回は機械、その中でも私たちが仕事をするためには欠かすことができない(この記事をご覧いただくのにも必要です!)パソコンの「真のコスト」について考えてみたいと思います。

前回に引き続き、Trucostによる自然資本コスト(※1)の分析結果をご紹介します。今回ご紹介するのは、パソコンの生産、使用、そして廃棄にかかる自然資本コストをデスクトップとノートパソコンで比較分析した結果です。詳しくは Trucostのウェブ(※2)で公開されていますのでご参照下さい。
 
(下図をクリックすると図が拡大されます)
Trucost_computer
図1:パソコンの真のコスト
作成:Trucost
 
この図は、デスクトップとノートパソコンについて、原材料が生産される段階、製品として製造される段階、輸送される段階、ユーザーの手元で使用される段階、そして廃棄される段階のそれぞれでどの程度の自然資本コストが発生しているのかを計算した結果です。計算の対象としているのは、温室効果ガスの排出、水利用、大気汚染、廃棄物の埋め立て、重金属による汚染の5項目です。

この分析によると、すべての段階のコストを合計すると、デスクトップでは69.6ドル、ノートパソコンでは35.24ドルの自然資本コストがかかっていると試算されています。もし、今は価格に反映されていないこれらの自然資本コストが何らかの形で小売価格に反映されたとしたら、ノートパソコンの場合は約6%、デスクトップの場合は約14%も値段が上がることになります。

どのような要因で自然資本コストが発生しているかを見てみると、いずれのタイプのパソコンでも、温室効果ガスの排出によって生じる自然資本コストがもっとも大きいことがわかります。例外としてノートパソコンの製造段階における水利用の割合が比較的大きいのですが、その他のいずれの段階でも温室効果ガスの排出が大きな割合を占めています。このことから、パソコンの環境リスクを考える場合、まずは温室効果ガスの排出量を削減することが重要になると言えます。

では、温室効果ガスの排出量はどうやって削減するのが効果的でしょうか? Trucostの分析結果では、デスクトップの場合、使用段階での自然資本コスト(41.55ドル)が全体の約6割であり、すべてのステージの中でもっとも高いことがわかります。そのため、使用時のエネルギー消費を削減すること、つまり省エネ製品の開発が必要だということがわかります。また、原材料の生産段階の自然資本コストも全体の28%と比較的大きいため、省エネ製品の開発と同時に、原材料の生産段階での温室効果ガスの排出を削減することも重要です。

ノートパソコンの場合はどうでしょうか。ノートパソコンの場合は、使用段階での自然資本コストは9.32ドルであり、デスクトップと比べてそれ程高くありません。もっとも自然資本コストが大きいのは原材料の生産段階です。そのため、原材料の生産段階に注目する必要があります。

「原材料の生産段階の温室効果ガスの排出量なんてどうやって削減すればいいのか?」とお感じの方も多いでしょう。Trucostの分析は、この疑問に対して1つの示唆をしています。Trucsotの分析では、ノートパソコンの主要原材料の1つであるアルミニウムは、生産される国によって、生産によって生じる自然資本コストが大幅に異なることがわかります(図1の右下の世界地図をご覧下さい)。

アルミニウムの主要生産国である5ヶ国を比較した場合、自然資本コストがもっとも大きい中国と、もっとも小さいカナダとでは、それぞれ0.79ドルと0.32ドルであり、前者は後者の2.5倍にもなります。Trucostによると、この差は、中国は発電でより石炭に依存しているのに対し、カナダは天然ガスを多く利用していることに起因するそうです。

つまり、原材料の生産段階の温室効果ガスの排出量を減らすためには、中国などの新興国に、温室効果ガスの排出が少ない発電方法に切り替えるよう促すことが1つの鍵となります。もちろん、企業としては、原材料の調達先として、より温室効果ガスの排出が少ない場所を選択することもできるでしょう。

本分析結果は、あくまでもパソコンに関する自然資本コストの平均値であり、一般的な傾向を示したものです。実際にはパソコンには様々な仕様や性能のものがあり、多様です。あなたが使っている、もしくはあなたの会社が製造しているパソコンの自然資本コストは、当然この分析結果とはちがってくるでしょう。もしかしたら、発生する自然資本コストは使用段階ではもっと小さいかもしれませんし、原材料生産段階ではもっと大きいかもしれません。温室効果ガスの排出以外の、例えば水利用による自然資本コストがもっと大きいのかもしれません。

いずれにしても、パソコンの製造・販売に関する自然資本コストを削減し、環境リスクを低減させようと考える時には、製品の性能をアップさせて消費電力を削減するだけでは不十分であることは確かでしょう。サプライチェーンにも目を向ける必要があるのです。

(※1)自然資本コスト:経済活動が必要とした、もしくは開発や汚染によって損ねた自然資本の経済的価値のこと。

(※2)Trucostの記事はこちらからご覧になれます。
    “The Trucost of Personal Computers”

 

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第5回『食料品の真のコスト』

自然資本「超」入門

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第5回 2013年8月21日
『食料品の真のコスト』
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最近、パン、牛乳、マヨネーズ等食料品の値上げの報道をよく見かけます。報道によると製造メーカーが製品を値上げするのは、円安や原材料価格の高騰がその主な理由のようです。「もう価格上昇の話は聞きたくない」と思われている方も多いと思います。そのような方には少し我慢していただかないといけませんが、今回は、製品の価格に自然資本コストがさらに上乗せされた場合の、食料品の“真のコスト”について考えてみたいと思います。

以前から紹介しているTrucostが、“The True Cost of Food”と題して、シリアル、フルーツジュース、チーズの自然資本コストを分析した結果をウェブで紹介しています。
(下図をクリックすると図が拡大されます)

食品の真のコストイラスト1
作成:Trucost

この図は、3つの食料品について、原材料の生産からスーパーの棚に陳列されるまでの自然資本コストを計算した結果です。計算の対象とされているのは、温室効果ガスの排出、水利用、土地及び水質の汚染、大気汚染、廃棄物の5項目です。

図の見方を簡単に説明します。例えば、左端のシリアルの結果を見ると、1箱のシリアルには0.55ドルの自然資本コストがかかると試算されています。小売価格(3.5ドル)にこの自然資本コストを加えた真のコストは4.05ドルとなります。また、自然資本コストの内訳を見ると、そのおよそ6割が水利用によるものであることがわかります。

それでは、Trucostによるこの分析結果からどのようなことがわかるでしょうか? まず言えることは、いずれの食料品でも水利用による自然資本コストがもっとも大きいということです。これは、原材料を生産する農地や果樹園において多くの水が利用されているためです。例えば、シリアルであれば小麦を栽培する際に大量の水を使用しますし、チーズであれば、牛の餌になるトウモロコシ等の穀物の栽培にたくさんの水を使います。

このことは、食料品の製造に関する様々な環境リスクの中でも、水を利用することによるリスクがもっとも重要であることを示しています。同じことは、他の食料品についてもいえるでしょう。もちろん、環境リスクを軽減するためにはその他の環境負荷(温室効果ガスの排出や土地及び水質汚染、大気汚染、廃棄物等)にも対処する必要がありますが、少なくとも水利用に関するリスクはないがしろにできないことがわかります。

この分析では、自然資本コストが価格に与える影響も試算されています。もし自然資本コストが小売価格に上乗されたとしたらどのくらい価格が上がるのか。チーズであれば18%も高くなるという結果です。同様に、シリアルは16%、フルーツジュースでは6%の上昇です。

もちろん、当然ながら、実際には同じような製品であっても、製造する企業やブランドによってその自然資本コストには大きな差があります。どこで生産された原材料を使用しているかによって自然資本コストが大きく異なるからです。例えば、フルーツジュースを例に考えると、ジュースの原材料であるオレンジなどの果物を水が豊富な地域で栽培した場合、水不足が懸念される地域で栽培した場合よりも自然資本コストは小さいでしょう。

それでは、両者にはどのくらいの差があるのでしょうか。水利用に関する自然資本コストが原材料の生産地域によってどの程度異なるのかを明らかにするために、Trucostはさらに各食料品の代表的な原材料のトップ10の生産地を比較分析しています。その結果が下の図です。
(下図をクリックすると図が拡大されます)

食品の真のコストイラスト2
作成:Trucost

分析の結果、シリアルに関しては、水利用に関する自然資本コストがもっとも大きい地域で生産された原材料を使用した場合と、もっとも小さい地域の原材料を使用した場合とでは、自然資本コストの合計値は54%も違いが生じることがわかりました(チーズでは14%、フルーツジュースでは8%)。つまり、原材料の生産地を選ぶことで、製品の製造にかかる自然資本コストを大幅に削減することができるのです。

このようなコストの差は今はまだ顕在化していないかもしれません。しかし、将来的にはどうでしょうか? 人口増加による水の需要の拡大や異常気象による渇水によって使用できる水が不足すると、十分な原材料が生産できなくなるかもしれません。これまで無料だった水が有料化されたり利用料金が値上がりするかもしれません。そうなれば当然、原材料の価格は上がるでしょう。自然資本コストは、まさにこのような将来的なリスクを経済的価値に換算して定量化しているのです。したがって、自然資本コストが小さい地域で生産される原材料を使用することは、原材料調達をさらに安定的かつ持続的にするために非常に重要なことなのです。

とはいえ、原材料の調達先をすぐに変更することは難しいかもしれません。しかし、生産地の状況を改善させることなら可能です。生産地の灌漑設備を改修して水の使用量を大幅に減らしたり、雨水を有効利用する設備を整えたり、場合によっては、使用できる水の量を増やすために水源地の森林を保全するといった取組みも考えられます。実際に、先進的な企業はこのような取り組みをすでに進めているのです。

いずれにしても、重要なことは、サプライチェーン上の環境リスクを自然資本コストという形で定量的に評価して“真のコスト”を見ることで、原材料の価格や品質といった従来の意思決定の要素に、環境リスクを組み込むことができるようになるということです。そのことによって、どのような原材料を使用するのが最適なのか、また、既存の原材料調達網をより強固なものにするためにどのような対策が必要なのかを、より包括的に判断することができるようになるのです。

 

自然資本「超」入門

 
 

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第4回『自然資本コストのうまい測り方』

自然資本「超」入門

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第4回 2013年8月7日
『自然資本コストのうまい測り方』
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これまでの連載で、自然資本の定量化はおおまかなものであればそれ程大きな労力をかけなくてもできると述べました。しかし、この連載を読んでいただいている皆さんの中には、「本当だろうか?」と半信半疑な方もいるのではないでしょうか。そこで今回は、このような疑問を解消するために、この分野で世界をリードするTrucostが実際にどのような方法で自然資本コストを測定しているのかをご紹介します。

自分たちの事業がどれだけ環境に影響を与えているのか、また自然の恵みを受けているのかを、自分たちの操業だけではなくサプライチェーン全体で算出することを想像してみて下さい。そんなこととてもできっこないと感じる方が多いと思います。確かに、生産している製品だけでも数百、数千はある。その原材料というと数万、数十万になる。もっと多い企業もあるでしょう。この原材料の1つ1つが生産されるのにどれだけの自然資本コストがかかっているのか… すべてを把握するのはとても無理だと感じるのは当然です。

しかし、前回、そして前々回でご紹介した通り、実際にPumaは環境損益計算書を作成しました。さらに、Pumaの親会社であるKeringは、18社もあるグループ全体の環境損益計算書を2015年までに作成することを宣言しています。それでは、Pumaはいったいどうやって、サプライチェーンを含めた事業全体の自然資本コストを測ったのでしょうか。

Pumaの環境損益計算書を作成したTrucostは各国の国勢調査、資源利用及び汚染に関する調査データ、統計データ、そして公開されている報告書から収集した世界4,500社の実データを格納したデータベースを構築しています。収集されたデータは、産業連関モデル(IOモデル:Input-Output Model)によって関連づけられているため、つまり、ある事業分野とその事業分野の製品生産に関係する事業分野が関連づけられているため、ある企業の情報を元に、その企業の生産活動に関係する、サプライチェーン上流の全ての産業による環境負荷が自動的に算出できるのです。このようにして算出された環境負荷は、これに環境経済学に関する世界中の研究成果から求めた係数を乗じることで経済的価値に換算されます。

Trucostのデータベースを単にそのまま利用しただけでは、業界の平均値しか求めることができませんが、自社やサプライヤーの環境関連の実測データ、どこで操業しているかという地理情報、原材料に関するデータ、製品のLCAデータ等を組み合わせることで、その企業の現実により近い自然資本コストを算出することができるようになります。Pumaもこのようにして、環境損益計算書を作成しました。

このような、TrucostのIOモデルを用いた自然資本コストの測定は、手元に詳細なデータがすべてそろっていなくても行うことができるため、データを集める手間がかからず素早く行えます。またどんな企業の自然資本コストでも必ず計算できるというメリットがあります。さらには、実データやLCAのデータ等を補足することでより正確な計算を行うことができます。

これに対して、IOモデルは正確性に欠けるのではないかとの反論もあるでしょう。しかし、私たちが最初に自然資本コストを測る目的は、正確な数値を求めることではないはずです。私たちが自然資本を測るのは、サプライチェーンを含めた自社の環境リスクを適切に管理するためです。また、自分たちの取組みを経済的価値というわかりやすい指標で評価するためです。これらを行うことができる程度に正確であればいいはずです(※)。正確性にこだわって足踏みをするよりも、厳密な正確性には少し目をつむっても、サプライチェーン上にどのような環境リスクが潜んでいるのかを早く見た方がいいのではないでしょうか。詳しく正確に調べるのは、リスクが大きなところを発見してからの方が合理的です。

さて、これまで4回にわたり「サプライチェーン・リスクの見える化」と題して、自然資本コストの測定がサプライチェーン管理にとって極めて有効であることをご説明いたしました。次回からは、自然資本コストを測ることでどのようなことがわかるのかについてPumaの環境損益計算書以外のいくつかの分析例をご紹介しながら、具体的にお話ししたいと思います。

※ : 実際にTrucostによるIOモデルに基づいた分析は、すでに多くの企業で利用されています。また、第1回目の記事でもご紹介したように、UNEPによるTEEBのように、国際機関の報告にも使用されていますし、Newsweekのグリーンランキングの順位の算出にも使われています。Pumaの環境損益計算書は専門家により評価され、改善点はあるものの、企業が自然資本の価値をビジネスの中に組み入れて、これを持続可能な形で利用するための優れたアプローチであり、企業が戦略的な意思決定を行うために有用であるとされています(報告書 “AN EXPERT REVIEW OF THE ENVIRONMENTAL PROFIT & LOSS ACCOUNT” はこちらからダウンロードできます)。

 

自然資本「超」入門

 
 

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第3回『大きなリスクを見つけて対応する』

自然資本「超」入門

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第3回 2013年7月23日
『大きなリスクを見つけて対応する』
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前回は、サプライチェーン上の環境リスクを管理するためには、必ずしもトレーサビリティを完全に確保する必要はない、むしろおおまかにでも全体像を掴むことの方が重要だということをお話ししました。その例としてPumaの環境損益計算書を挙げましたが、今回は、そのPumaの取組みについて詳しく見てみたいと思います。

Pumaの環境損益計算書における大きな発見の1つは、サプライチェーン全体を見渡すと、最上流、つまり原材料の生産地における自然資本コストが圧倒的に大きいということでした(連載第2回の記事はここからご覧下さい)。Pumaの製品には綿や牛皮が使われていますが、綿花の栽培や、牛の飼育、さらには牛の餌となる穀物の栽培のために、大量の水と広大な土地が使われているのがその理由です。

Pumaはこの結果を受けて、2020年までに牛皮を使用することをやめて他の素材に置き換えることを決定しました。牛皮の使用をやめれば、水の使用量を大幅に削減することが可能になります。そうすれば、世界的に懸念されている水不足の影響を軽減することができます。このように、サプライチェーン上の自然資本コストを測り、どこに大きな環境リスクがあるかを可視化することができれば、それを低減させるためにもっとも適切な対策をとることができるようになります。

Pumaはこのような決定をしただけではありません。それを着実に実行に移しています。この環境損益計算書の発表からおよそ1年半後、Pumaは製品レベルでも環境損益を計算してそれを公開しています(2012年10月)。Pumaは従来型のスエードの靴と新開発の生分解性の素材を使用した靴の自然資本コストを比較し、新製品の方が3割程コストが小さいとしています(Pumaによる報道発表)。

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このように、Pumaは牛皮に替わる新素材の開発をきわめて速やかに進め、しかもそれがライフサイクルを通してちゃんと環境負荷を減らしていることを定量的に確認しているのです。しかし、環境損益計算書のことを知らない業界関係者はなぜPumaがこのような商品を出したのか理解できなかったことでしょう。

Pumaはさらに、製品の製造に必要な自然資本コストを製品に表示することも考えているようです。今はまだそのアイデアを一部の関係者に伝えているだけですが、もしこれが実現すると、消費者の行動が大きく変化するかもしれません。

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製品と製品に付けられた自然資本コストのタグのイメージ

環境に配慮する取組みについて、それが事業にとってどのような重要性を持つのかを経営層や株主に対して説明することが難しいという声や、消費者には自分たちの環境保全の取組みの意義をなかなか理解してもらえないといった意見をよく聞きます。しかし、ご紹介したPumaの例のように環境リスクを定量化できたらどうでしょうか。しかもそれを経済的価値で表現できたら… 環境負荷を低減させることによって、どの程度経営上のリスクが回避できるかを見積もることができれば、その取組みが単に環境を保全するためのものではなく、経営的にも重要であることを説得力を持って説明できるようになるはずです。また、消費者に対しても価格という非常にわかりやすい単位で環境保全活動の効果アピールすることができるのではないでしょうか。しかし、そうした準備をしていないライバル企業は、すぐにはこの動きに対応できません。

ところで、Pumaはこれらの環境損益計算を行うために、綿や牛皮等、重要な原材料については原産地にまで遡るなど、時間と労力をかけています。しかし、最初の段階からそこまで厳密に調べる必要はありません。

Pumaの環境損益計算書を作成したTrucostは、業界毎の平均的な操業状況を元に、企業が公開している財務情報だけで下のようなプロファイル分析をすることができます。

impact_profile_sample

この図から、この企業にとって温室効果ガスの排出と水利用が大きな自然資本コスト(※)であることがわかります。また、自社による環境負荷は非常に限られており、その多くが二層目より上流(グラフの白い部分)にあることがわかります。

ただしこの分析は簡易的なものであり、個々の企業の独自の状況を反映したものではありません。あくまで業界平均値をもとに計算した結果です。しかし、このレベルの分析であっても、事業活動による環境負荷を、自社だけでなくサプライチェーンも含めて概観するのには十分役に立ちます。サプライチェーン上のどの段階で大きな環境負荷を与えているのかをざっくりとですが把握できるだけではなく、環境負荷が金銭という単一の単位(自然資本コスト)に換算されているため、例えば「温室効果ガスの排出」と「水利用」といった複数の環境負荷の大きさを直接比較することができます。そのため、サプライチェーン上のどこに大きなリスクが潜んでいるか、おおよその目星をつけることができるのです。まずはこのような簡易的な分析を行って、事業にとって本当に重要な環境リスクに的を絞ってさらに詳しい分析を行うこともできるでしょう。

前回からの2回にわたって、自然資本を測る取組みとしてPumaの例をご紹介してきましたが、同じような取組みは既に他の先進的な企業でも進められています。残念ながら、日本企業でこのような分析をしている企業はまだほとんどありません。レスポンスアビリティでは、Trucostのプロファイル分析を元にしたサプライチェーンのリスクを検討するための低価格のサービスも提供しています。この機会に、まずは最初の一歩を踏み出してみませんか。

※ 経済活動が必要とした、もしくは開発や汚染によって損ねた自然資本の経済的価値のこと

 

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第2回『サプライチェーンリスクを管理する方法』

自然資本「超」入門

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第2回 2013年7月8日
『サプライチェーンリスクを管理する方法』
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前回は、サプライチェーン上に大きな環境リスクが潜んでいることを紹介しました。今回は、このリスクに対してどのように対処すれば良いかについて考えてみたいと思います。

サプライチェーン上のリスク管理と言われてすぐに思いつくのは、トレーサビリティを確保することだと思います。もちろん、トレーサビリティの確保はとても重要なことで、できているに越したことはありません。しかし、グローバル化が進んだ現在、多くの企業でサプライチェーンは非常に複雑に入り組んでおり、二次サプライヤーですら、どのような企業なのかまったくわからない場合の方が多いのではないでしょうか。したがって、サプライチェーン全体でトレーサビリティを確保するのはかなり大変な作業になり、時間もかかることでしょう。

サプライチェーン上のリスク管理のためにこのようなトレーサビリティの確保は本当に必要でしょうか? そもそも、サプライチェーン全体の中で、どこにリスクが潜んでいるかを見つけることが、一番重要なことのはずです。大きなリスクに優先的に対処することがリスクマネジメントの定石だからです。

つまり、サプライチェーン全体を見渡して、どこで環境に大きな負荷をかけているのか、どこに大きな環境リスクが潜んでいるのかの目星をつける。その上で、そのリスクを回避、軽減することに集中的に取組む。このようにして初めて、効果的にサプライチェーン上のリスクを管理することができるのです。そして、そのためには必ずしもトレーサビリティを完全に確保し、すべてのサプライヤーの状況を調べる必要はありません。なぜなら、すべてのサプライヤーを実際に調べなくても、概要だけであればもっと簡単に算出し、もっとも負荷やリスクが大きいところを見つける手法があるからです。

前回ご紹介した、”Natural Capital at Risk: the Top 100 Externalities of Business”では、実際にサプライチェーン上の自然資本コストが算出されています。この分析を担った英国のTrucostは、このような分析を企業単位で行うこともできます。というより正確に言えば、Trucostはむしろそうした個々の企業のサプライチェーン上の環境負荷を算出することを得意にしており、そこから全体像を集計したものが先のレポートなのです。

もっとも有名な例として、TrucostはPumaの事業全体の自然資本コストを算出しています。この結果は世界初の環境損益計算書として、Pumaから2011年5月に公開されています。
詳細はPumaのプレスリリースをご参照下さい。

01_環境損益計算
図の作成:Trucost、和訳:レスポンスアビリティ

この環境損益計算書を作成するために、Pumaは全ての原材料のトレーサビリティを確保したわけではありません。綿や牛皮といった重要なものについては原産地にまで遡っていますが、全ての原材料でそうしたわけではありません。また、綿などについても、すべての農場を現地調査したわけではありません。

この環境損益計算書が世界を驚かせたのは、サプライチェーンを含めた事業全体の環境負荷を測定したことにあります。しかも、温室効果ガスの排出だけではなく、土地利用、水利用、廃棄物、大気汚染物質の排出といった幅広い環境負荷について定量的に評価しているのです。

そして、経営に役立てるという面から考えると、これらの5つのバラバラの環境負荷を金銭という単一の単位(ここではユーロ)で表現していることが重要です。すべてを経済的価値に換算して評価することで、複数の環境負荷の大きさを比べることはもちろん、こうした環境負荷(コスト)が売上や利益にどのくらいのインパクトを与えうるのかを評価することができるからです。

この環境損益計算書からは、例えば次のようなことがわかります。
Puma自身による環境負荷は全体のごく僅か(6%程度)であり、サプライチェーンの最上流が環境に対して圧倒的に大きな負荷(57%)を与えていること
このことから、自社の環境負荷の低減だけを努めても、環境リスクの管理としては不十分であるといえます。

水資源の利用による環境コストが、温室効果ガスと並んで比較的大きいこと
水不足の問題は国際的に大きなリスクとして認識されていますが、Pumaの場合、サプライチェーンの最上流に最も大きな水リスクが潜んでおり、ここでの水管理を行わなければ事業全体が大きなリスクにさらされているといえます。

この他にも様々な示唆が得られますが、いずれにしてもPumaはこの環境損益計算書によって、これまでには見えていなかった環境リスクを定量的に理解することができたのです。そして、ここで明らかになった環境リスクを低減するために、Pumaは既に具体的に動き始めています。そのことについては、また次回ご紹介したいと思います。

 

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第1回『サプライチェーンに潜む莫大な環境リスク』

自然資本「超」入門

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第1回  2013年6月24日
『サプライチェーンに潜む莫大な環境リスク』
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これから数回にわたり、「自然資本をはかる ~サプライチェーン・リスクの見える化~」というタイトルで、自然資本の定量化とそれがサプライチェーン・リスクの管理にどのように役立つのかを考えていきたいと思います。

初回は、世界の自然資本コストを分析した最新の報告書をご紹介します。

2013年4月にTrucostとTEEB for Business Coalitionが世界の自然資本コストを分析した結果をまとめた報告書を発表しました。
(↓ダウンロードはココから)
“Natural Capital at Risk: the Top 100 Ecternalities of Business”

この報告書によると、2009年の経済活動が必要とした、もしくは開発や汚染によって損ねた自然資本の経済的価値(自然資本コスト)は世界全体で7.3兆ドル(約730兆円)にもなると試算されています。この7.3兆ドルは、石油、鉱物などの資源採掘や農業といった一次産業、一次加工業による環境への影響(土地利用、水利用、温室効果ガス排出、大気汚染、土壌・水汚染、廃棄物)を経済価値に換算したものです。

それにしても、同年の世界のGDPは約58兆ドルですので、私たちは非常に大きな負荷を環境に与えながら、つまり自然資本を削りながら経済活動をしていることがわかります。

ここで皆さんに考えていただきたいことがあります。
今回試算された自然資本コストは、今は私たちは支払っていません。しかし、このコストが内部化されたらどうでしょうか? 私たちは原材料を今と同じように調達し、製品を作り続けることができるでしょうか?

自然資本コストの支払いの例としては排出した温室効果ガスに対して支払う炭素税などが挙げられます。その他にも、汚染物質の排出や水の使用などの環境に関する規制の強化も進んでいます。このような規制が国際的に強まれば、排出に伴うコストも増加するでしょう。

また、水不足による穀物価格の上昇も1つの例として挙げられます。
このことを説明するために、一旦、話を報告書に戻します。

報告書では自然資本コストが高い産業セクター(地域別)をランキングしています。それによると上位20位は以下の通りです。

 1.    石炭発電(東アジア)
 2.    牛の放牧(南アメリカ)★
 3.    石炭発電(北アメリカ)
 4.    小麦栽培(南アジア)★
 5.    稲作(南アジア)★
 6.    製鉄・製鋼(東アジア)
 7.    牛の放牧(南アジア)★
 8.    セメント製造(東アジア)
 9.    上水(南アジア)
 10.  小麦栽培(北アフリカ)★
 11.  稲作(東アジア)★
 12.  上水(西アジア)
 13.  漁業(グローバル)
 14.  稲作(北アフリカ)★
 15.  トウモロコシ栽培(北アフリカ)★
 16.  稲作(東南アジア)★
 17.  上水(北アフリカ)
 18.  サトウキビ栽培(南アジア)★
 19.  石油・天然ガス採掘(東ヨーロッパ)
 20.  天然ガス発電(北アメリカ)

★のマークは農業を示しています。この分析結果から、製鉄や発電だけではなく、農業も自然資本に大きな影響を与え、そして同時に大きく依存していることがわかります。

農業の場合、農地の開発や水の使用よる自然資本コストが大きな割合を占めていますが、水の使用による自然資本コストが高い農作物は、それだけ水不足による影響を受けやすく、干ばつによる収穫量の不足やそれに伴う価格の上昇などのリスクが高いといえます。

もちろん、全ての農場でこのようなリスクがあるわけではありませんが、穀物の種類や生産場所によっては非常に大きなリスクをかかえていることがわかります。

以上のように、サプライチェーンには今はまだ無視できても将来的には無視できなくなるリスクが潜んでいるのです。

それでは、リスクを回避するためにはどうすればいいでしょうか?
トレーサビリティを確保し、原材料の生産地を慎重に選択することが重要でしょう。また、サプライヤーと協働して、環境負荷がより少ないやり方で原材料を生産する方法を考える必要もあるかもしれません。

とはいえ、こんな大変なことをどこから始めたらいいかわからないと感じる方も多いのではないでしょうか? でも大丈夫です。厳密にトレーサビリティを確保しなくてもサプライチェーン上の環境コストを可視化する方法があります。次回以降ではその方法についてご紹介します。

 

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