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生態学者が経営コンサルタントになったわけ

よく、なぜ生態学の研究者だったのにコンサルティング会社を立ち上げたのかと聞かれます。もしこの話に興味のある方は、ちょっと長くなりますが、昔話に少しお付き合いください。

Response Ability Inc.

大学院を出た後、私は国立環境研究所に職を得て、所属した研究室がマレーシアの森林研究所と共同で行っているプロジェクトに参加しました。1995年のことです。そして1999年からの3年間はマレーシアに赴任して、熱帯林の動態を解明するという仕事をしていました。すぐに世の中に役に立つことはなさそうでしたが、生き物が好きな人間にとってはたまらない仕事です。月に何度も泊まりがけで研究林に出かけ、いろいろな手掛かりをもとに熱帯林の樹の一生を調べるという研究をしていたのです。

熱帯の樹は高く、平均的には30mぐらい、高いものは50mもの高さがあります。高さが54mもある観測用のタワーに登り、その上から周囲の熱帯林を見回すのはとても気分のいいものです。日差しはジリジリと肌を焦がすようでしたが、樹々の頂きの上を涼しい風が吹き、時々、その中を美しい蝶がヒラヒラと飛んできたりするのです。人間の社会で何が起きていようが関係なく、巨大な樹と、そこに集まるたくさんの種類の動物、鳥、虫などが、太古の昔からまったく変わらない生活を繰り返していました。

しかし、その森のちょっと向こうには、オイルパームのプランテーションがもうすぐ近くまで迫って来ていました。私たちが研究していた林は保護林なので、それが切られることはなさそうですが、もう周囲はすっかりプランテーションに囲まれていたのです。

私たちは「天然林」を研究しているつもりでしたが、よく考えてみると、もはやそれはガラスの展示ケースに入れられた標本のようなものなのかもしれません。たしかにその時、私の目の前にあったのは天然の林ではあったのですが、それはもはや不完全なものでしかなく、その次の世代は育たないものかもしれないのです。

たとえすぐに社会に役立つ結果は出なかったとしても、基礎研究は重要です。そういった無数の基礎研究の集積が、今の科学技術、そして私たちの豊かで便利な社会を支えているのです。

そのまま熱帯林の研究を続ければ、30数年後、私が研究所を退職するまでには、いくつか熱帯林の秘密も解明できたかもしれません。それは科学の進歩のためには、とても小さなものでしょうが、多少の貢献にはなったかもしれません。

「熱帯林のしくみが以前より少しわかるようになりました。熱帯林は、こんな素晴らしい特徴を持っていたのです!」研究所を去るときに私がこんな話をできたとしても、もしその時に「でも…そんな熱帯林はもうほとんどなくなってしまいまいた。わずかに残っているのは、私たちが研究してきた保護林だけです。」ということも言わなくてはならないとしたら、それはあまりにも皮肉なことです。

実際、マレーシアの森林は、わずか100年の間にほぼ半分になってしまったのです。今から100年前には、国土のほぼすべてが密な森林に覆われていたのに、私が研究をしていた頃には、もうそれが半分近くにまで減っていたのです。もちろんその速度は時代を経るにつれ、加速していました。

私がもともと研究者になったのは、生きものや自然を見ているのが好きで、それを後世に伝えることに少しでも役に立ちたいと思ったからでした。科学的な知見が増えれば、保護も効果的、効率的にできるだろうと考えたのです。

もちろんそういう側面もあるのですが、現実の開発や自然破壊の速度は、想像を絶するものでした。自分たちを支える基盤そのものをどんどん切り崩している現場を、見てしまったのです。研究をして、知見を増やしてから保護に取りかかれば良いわけではないことは明らかでした。

そして、こうした自然の開発や環境への負荷のもっとも大きな接点になっているのが企業でした。企業だけが悪いとは思いませんが、企業の力は巨大で、その影響力はとてつもないところにまで及んでいるのです。そのやり方を変えなくては、早晩、企業活動も続かなくなってしまうでしょう。
しかし、同時に希望もありました。どんな企業も、自然を破壊したくて、開発をしたり、事業を拡大しているわけではないのです。人々の生活を便利に、豊かに、楽しいものにするために、そのためにすべての企業は努力してきたはずです。

だとすれば、私たちはみな同じ方向を向いているということです。真に豊かで、安心してくらせる社会、つまり持続可能な社会を実現することこそが私たちすべての共通のゴールであり、その点では誰もが同意できるはずです。ただ、やり方を十分に注意しなくてはいけないということなのです。

2002年の春にマレーシアへの赴任期間を終えるとき、私は決めました。森から出て、街に出よう。そして、企業といっしょに仕事をしようと思ったのです。美しく豊かな自然を共存できるビジネスのやり方が必ずあるはずだ。それを実現する企業を増やすことを仕事にしようと思ったのです。

ですから私の中では、生態学の研究と、企業へのコンサルティングを行うことはなんの違和感もなくつながっています。豊かで、美しく、そして驚きに満ちた大自然。その懐に抱かれて、豊かで安心してくらせる社会。そんな社会の中で人々の生活を豊かに楽しいものにしたい。そのような思いの企業の方々と、これからも共通のゴールを目指して歩き続けたいと思います。


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